バイク命”呆れたおやぢのブログ

気が向いた時しか更新できませんが宜しくお願い致します 尚、帰宅が遅くなる為返コメが滞る事が多々有ります事をお許し下さい。

2006年12月

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今夜も眠気を我慢しての更新でありまして・・・\|*≧Д≦|> ソーーーナンス

しかし・・ブログって面白いですよね・・何が面白いって・・それは一概には言えませんが・・
例えば、昔の記事でコメントして下さった方を意外な所で発見したり、初期の頃の方が居なくなってたり・・
悲喜こもごもではありますが・・そんな視点から見ても・・ブログって面白い^^

明日は、久々にお休みを頂きました~(当然、会社はお休みなのです!)
様は、休出しなくても良ぃ!!と言う喜ばしい日なのです^^

と言っても・・やる事一杯”まぁ~年末ですからね・・粗大ゴミは一応出して置かないと・・
町のクリーンセンターは自宅の真裏に有りまして・・ある程度粗大ゴミも貯まったので・・
取り敢えずTELしてみましたが・・ガァ~~~ン(メ▼Д▼)予約は既に一杯だとか・・
粘りに、粘って・・・明後日の12:45分の予約をもぎ取りました!
何れにしても・・お役所仕事・・平日に持ってきて頂けませんかねぇ~!の一点張り!
じゃかぁ~しぃ!!こちとら休みの日しか運べないんじゃぁ!ボケェ!~~てな塩梅^^

ささっ”気を取り直して・・
最近の更新は古さを増すばかりで有りますが・・どうか・・我慢してください^^

この画像・・かなり古いです・・・車の名前が解かる方・・いらっしゃいます?

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若い人にはピンと来ないかも知れませんが・・昭和30年代の各メーカーのロゴです・・
2輪車、四輪車に加えて・・『三輪車』て言うのが古めかしいと思いませんか?

駄目ダァ~~今夜も呑み過ぎ~~~(((\(@v@)/)))酔ってないぞぉ\(;o;\)おとうさん近所迷惑ですから!!

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嗚呼”忙しい、忙しい・・・・・・・・・
年末だからって・・そんなに慌てて仕事なんかしなくも良いのに・・・
何なのっ!この仕事量はぁ!!あんっ!?

そんでもって・・帰宅して更新(ブログの)しようかぃ・・と思ったのも束の間・・
気が付くと・・マウスとお友達になってるzzZZzz(笑)

皆様の元にも遊びに行けず・・重苦しい空気に包まれつつ・・年末を迎えて居ます。

今日は事務所も人影まばらなので・・思い切って更新をば・・・
って言っても・・最近、またぞろネタ切れでして・・・モトルネ画像を切り崩して・・(汗)

気を取り直して・・本日、ご紹介するのは『ノートン、マンクス・・かな?』
?と言うのも・・未だかつて本物のマンクスなんか見た事無いから・・・
1950年代、活躍して・・かのジェフデュークが2年連続チャンプになった・・と言う位しか解りませんが・・

嗚呼”忙しい・・忙しい・・・・ブツブツ・・・・ブツブツ・・・・ブツブツ・・・

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今夜は・・1968年5月号ですよぉ~~

えぇ・・僭越ながら・・本日のサイクリストの表紙はW1Sです・・1968年ですと・・W1Sでも初期型になります
所謂、『W1』からリニューアルしたモデル・・このマシンからキャブトンマフラーが標準で装着されました。
私のW君(後期型)とそんなには大差は有りませんが、強いて言えばウインカーの形状が違いますね・・

当時、国産唯一のミッションとエンジン部が別体の分離型を採用したW1、W1スペシャルも分離型を採用しています
しかも、大排気量車(英国車)ではコンロッドビッグエンドは一般にブレーンメタルを使用しているのに対して
W1,W1S共にニードルローラーを採用して高速耐久性を向上さる一方、摩擦損失を少なくし出力向上にも役立っていました。

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1980年代のトライアル事情はネタが尽きた為・・ついに1970年代に突入しました・・
何気に・・1990年には行かない所が・・このブログの良い所^^(☆。☆)キラーン!!
1972年にバイアルスのプロトタイプが東京モーターショーで参考出品され、翌年1973年の4月頃
NEWモデルとして登場しました・・スリムなボディー・・当時・・サミーミラーのライディングと相俟って
第一次トライアルブームの火付け役となったのは有名な話です・・バイアルスが出る前は、
AT1やDT1を改造したり、C2SS等のスクランブラー車の軒並みトライアル車に改造されていました・・
当時。。やっと高校生になったばかりの私は友達が乗って居るのを目の当たりにして
あんな事(ターンやキャンバー走行)等出来る筈も無いと高をくくっていました・・・
って言うか・・当時は未だモトクロス、命”だったのかも知れません・・故にトライアルにはさほど興味を抱かなかったのかもしれませんね・・しかし・・あの当時(高校生)からトライアルに親しんで居たなら・・
と・・・10年後にトライアルを始めた自分に何故!もっと早くから””と思ったのは後の祭りだったのです。
恐らく、あの当時から始めた山本昌也選手や、伊藤敦志選手の同等とは言わないまでも・・
彼らには少しでも近づけたのかなぁ・・なんちゃって・・・ちぃ~す!(/ ̄‥ ̄(/ ̄‥ ̄)ちぃ~す

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